辞世の句とするならば、

 随分物騒な始まり方だなと自分でも思う。

 さて、2023年が始まってひと月が経った(追記:結局それから3ヶ月過ぎた4月になって、私はこの文章をネットの海に投げつけている)。なかなかにセンシティブな話題であるような気がするので残すかどうか迷ったけれど、きっと未来の自分が「ハェwwwwwwこの時の私おもしろwwwwww」と墓を掘り起こして棺を叩いて笑うだろうと思って、敢えてここで綴っておくことにした。見てるか私。2023年も楽しそうだぞお前。

 お察しの通りあの話だ。IMPACTorsが、ジャニーズ事務所をどうやら退所するらしい。

 出戻るなんて微塵も思わなかったこの界隈、思い返せば親子席から始まった#ジャニーズのある暮らし、まさかこんな形で幕を下ろすことになろうとは。それは、素直にそう思う。もしまたここを離れるならば、それは私自身がもう特定の贔屓を持たないと決意した時だろうと思っていたし、その時が来てもきっとこのコンテンツ自体は好きで居続けるのであろうとも漠然と思っていた。そうしたら、これだ。全くもっておもしれー男たちである。

 少しまともなファン(?)らしいことも言っておくと、まあ何も心配でないというわけではない。なにかしらの理由で決断したのだろうから、それはさぞやんごとないことなのだろうとは推察できる。彼らはジャニーズというものに対して憧れの強いグループに映っていたから(少なくとも私の目には、だ)、そんな彼らがそう選択したのだから、生半可な理由ではないだろうし、生半可な覚悟でもないのだろう。別に話してくれ説明してくれなんて思っちゃいないし、話したいなら勝手に話したらいいが話したくないなら話さなきゃいいと思う。私は彼らの言う大きな横並びのうちのひとりで、仲間だし味方だけれど、別に何も知らなくたって仲間にはなれるだろうと思うから。

 ただそれを聞いて、失うものを考えた時、無性に悔しくなった。名前、オリジナル曲、衣装、デビュー組になった未来。私の考えすぎなんかじゃなく、これは確信をもって、彼らの宝物であるはずで。それを、本来であれば一欠片だって取りこぼしたくないそれを、彼らは自分たちの手で捨てる選択肢を取ったと思うと、それが何よりも悔しかった。自分がなにか出来るわけなんてないのに、守ってあげたかった、傲慢にもそう思った。不安より悔しさで涙を流した。彼らの前で、ではなかったのが幸いだ。私にはPINKyとして強いふりをしていたいという意地があったから。

 今までまあまあしっかりめにオタクという人種として生きてきた。だから、嬉しい経験も悲しい経験もそれなりにしている。それでも、何度だって痛いし悔しい。宝物を、宝物だと解っていながら捨てる覚悟をするのは、苦しい。私よりもずっと苦しいはずの彼らを想うと、もっともっと苦しい。だからって何もできないのも、わかっているから苦しい。悔しい。
 どうしよう、と考えて思った。私に出来るのは、全部飲み下して笑うことくらいなんじゃなかろうか、と。お別れを憂うより、未来を楽しみにしていようと。不安が胸をつついてきた時は、それが紛れるくらいの大声で好きを叫んでいようと。
 もちろんこれは虚勢で、意地で、こんなところで誰かもわからないように弱音を零すくらいには、私は弱い。本当は弱いけれど、それでも彼らがSNSという言葉の海をぼんやり眺めた時に、私は強がってでも明るくありたいと思った。なにもできないなら、なにもできないなりに。だって結局何を憂いたところで、あの7人との横並びから消えるつもりは、今の私にはこれっぽっちもないのだから。だったら、私は虚勢でいいから笑っていたい。失うものを憂うより、なくしたものを悲しむより、今あるものを抱き締めて笑いたい。
 だって私が大好きな人は、いつだって最高を更新してくれる人だから。あの頃はよかった、なんて言っていたら、歩みを止めないあの人に見劣りしてしまうじゃないか。

 とはいえ、産まれてから随分長いこと連れ添ってきたそれとお別れすることだけは確かだ。憧れた私を、やさしく埋葬する番が来る。看取ってやるもの私一人なのだろうから、あとのことは私に託してこう結んでおこうと思う。

夜もすがら 契りしことを 忘れずは

 きっと私がいつか、この私の無責任に怒ってくれることを期待して。

観劇記録:観たら横原悠毅のことが大好きになってしまう舞台『ダッドシューズ』

観劇して間もない今の感情を残しておきたくて筆を執った。毎度のことになるが、これは観劇後を前提としたネタバレ満載のブログなので、これから観劇を控えている人は気を付けてほしい。千秋楽後に投稿することも考えたけれど、私は今書きたいから仕方がない。諦めてほしい。

 

さて、というわけで今回はIMPACTors横原悠毅の初単独主演(おめでとう)舞台『ダッドシューズ』を観てきた。出演舞台を見に行くのは(歌舞伎は除く)これが3作目になる。思ったよりも私は横原くんのことが好きなのかもしれない。好きだが。うっかりこの舞台でもっと大好きになってしまったが。
先に本編に関係のない話をしておくと、私が観劇した日にはメンバーの影山拓也・椿泰我が仲良く見学に来ていた。なんの因果か見学席がかなり近かったので、今年に入ってから(これが何を意味するかは、察してほしい)の生存確認が3ぱくたーず分済んだことになる。普通に助かる。
横原くんひとりで出てくるトリプルカーテンコール(曰く、長く喋るところではないが勝手に喋っているらしい)で紹介があったり、オタクが挙手させられたり、そんでもって何度か「元気そうでしたよ」と言ったりと、座長・横原悠毅が座長権限でPINKyを安心させる時間を作ってくれたように感じて、おまえ本当にそういうところだぞ……と思った。ちなみに開演直前、見学席に現れた2人の姿に、私の2つ隣にいた影山担らしきお姉さんが「集中できない……!」と震えていた。それは本当にそうだと思う。帰り転ばなかったか心配である。

ここからは本編の感想なので、ネタバレを踏みたくない人は読み進めないことをお勧めする。まずは一応、公式のあらすじを引用しておく。

若木翔”は、ダンスチーム「インビジブル」の一員として、日々練習に励むダンサー。
インビシブルはダンスチーム日本一を競うダンスリーグ『ダンスエモーションリーグ』への出場を目指すかたわら、フラッシュモブでチームの活動費を稼いでいた。

だがある日、若木はチームとの一件からダンサーを辞めようと、愛用のシューズを公園のゴミ箱に捨ててしまう。

しかし、ストリートミュージシャン”姫川舞美”の歌を聴き、もう一度挑戦しようと奮起。
シューズを取りに帰るも、すでにシューズは撤去されていた…

途方にくれ、ダイナーで飲み明かす若木
見かねたダイナーのマスター“飯島史奈”は、店に長い間置き忘れられた1足のシューズを渡す。

それは、ちょっとダサいシューズ…『ダッドシューズ』だった。

背に腹は変えられないと、“父親が休日に履くようなデザイン”の“ダッドシューズ”を履き、練習する若木
すると、どこからかダンスのアドバイスを送る声が…声の先には“マル”と名乗る男がいた。

疎ましがる若木に、マルは「ダンスが上手くなる魔法をかけてやる」といい、指を鳴らした。
騙されたと思いながらも若木がステップを踏むと―自由に体が動くのだった!
家に帰ったあとも、ダッドシューズを履き練習する若木
やはりダンスが上達している。
喜ぶ若木は、再びダンスに向き合い始める。
だが、それもつかの間…
公式サイトより引用)

導入は本当にこの通りで、この物語は横原くん演じる若木翔(わかぎ しょう)」、翔の所属するインビジブルのメンバーたち、インビジブルのライバルチームのメンバーたち、チーム行きつけのダイナー店主・史奈ストリートミュージシャン舞美、そして”ダッドシューズに憑く幽霊”マルを中心に展開する。

この舞台、分かってはいたが本当に踊る。めちゃくちゃ踊る。あとめちゃくちゃ歌う。
物語冒頭、翔は「自分にはみんなのような夢がない」と思い悩み、スランプに陥ってしまう。その時のダンスも、翔は決して下手なわけではない。しっかり踊り、しっかり動けている。けれどとあるダンスバトルでミスをしてしまい、ダンサーを辞めようとする。公園でシューズを捨てる時、「さよなら。……ごめん」と呟くのだが、この声がもうめっっっちゃくちゃに良かった。
その後、舞美の歌を聴き、舞美に零した「みんながハッピーならそれでいい」という言葉を「立派な夢じゃん!」と認められ、翔は奮起するも……この後はあらすじの通りである。
(余談だが元々のシューズは赤、手に入れたダッドシューズは白。対比のための色遣いを感じてオタクはにこにこした。なんでも源平にこじつける体質なので言うと、結果的に敗北を期す平家の旗色から勝利を収める源氏の旗色に変わったあったり、かなり勝ち確ムーヴでいいなと思った。そんな厄介オタクみたいなことを考えて選ばれた色だとは思ってはいないが)

先程も書いたとおり、翔は別にスランプでもダンスが下手ではない。ただ確かに、ありえないほど惹きつけられるかといえば、そうではない。ダンスチームの一員と言われてそれがしっくりくる程度の、ダンスが上手いお兄さんといった感じだ。
なのに、翔がダッドシューズを履き、マルに「魔法をかけられた」途端、彼のダンスが一気に変わるのだ。決して下手だったわけじゃない、でも、彼のダンスは本来もっともっと魅力的であることを見せつけられる。鳥肌が立った。まるで本当に魔法にかけられたような、そうとしか思えないほどの変わりようだった。横原悠毅、こわい。あとこの場面の歌がありえんほど良い。普段あまり横原くんの声で聴く機会のない雰囲気の曲だが、完全に乗りこなしていた。良。
翔はフラッシュモブ依頼の主役ポジションを勝ち取ったりと、「世界中の人を幸せにしたい」と言う彼らしいダンスで邁進していく。

しかし、事態は動きだす。舞美が、とあるプロデューサーに声を掛けられた、単独ライブを共同出資で行うというのだ。
初めは自分のことに喜ぶ翔だが、マルは「気をつけた方がいい」と言う。そうして案の定と言うべきか、その男・片桐は悪徳プロデューサー、否、プロデューサーとは名ばかりの詐欺師だった。しかも片倉は、かつて「インビジブル」のリーダー・誠二とライバルチームのリーダー・TAKUを騙し、元はダンス&ボーカルユニット“インビジブル”として活動していた2人を引き裂いた張本人であったのだ。
おいおいおいちょっと待てそこで青春アミーゴムーヴするなんて聞いてねぇぞオイ……‼️
何を隠そう(?)このオタクは重度の青春アミーゴムーヴケミ厨である。いや、分かってはいた、両チームがエンカして睨み合っている時点で「あ、このトップ同士は因縁あるな……昔は一緒だったとかかな……」と思った。思ったけどさ。オタクが脳内補填するのと供給されるのとでは訳が違うじゃないですか。ありがとうございます。しかも当時のユニット名をそのまま自分のチームの名前にしちゃってるのが誠二というのがまたこう、クるものがある。お察しの通りキャラクター的に誠二がバチバチに好きだ。彼が髪長かったらもっと気が狂ってたかもしれない。
閑話休題、翔(というか横原くん)の話に戻ろう。“インビジブル”時代の回想シーンで、その頃のオリ曲(すみませんこの表現が1番馴染みがありまして)を2人が歌い踊る場面がある。その時、その話を聞いている翔は舞台装置の上部にいるのだが、まあ当然途中から踊る。この曲がまた、とてもいい塩梅にアイドル風味なのだ。それを横原くんが踊り出すと、どうなると思う? そう、IMPACTorsが垣間見える。
特に、「キス」という歌詞に合わせて、唇に当てた人差し指を前に出すわかりやすい振りがある。もう、アイドルだった。それまで翔めちゃくちゃダンサーだったのが。アイドルだった。アイドルダンス上手すぎるよ翔と思ったけれど、冷静に考えたらあの人アイドルが副業だった。(※横原悠毅の本職は天才)
プロデューサーの正体を知った翔は、「彼女(舞美)もそうだけど、2人を救いたい」と決意する。「世界中の人を幸せにしたいから、まずは俺の近くにいる人たちから幸せにしたい」そんな、優しい彼らしい言葉を吐いて。
結果、片桐は良い感じに成敗されるし(雑な表現ですまない、ちなみにこの場面でめちゃくちゃせかうつハピエン√を感じて私は楽しくなってしまった)、青春アミーゴはまた手を組んでひとつのチーム「インビジブル」になる。Thank you……心から……👍

全てが丸く収まった──そんな中、マルは姿を消してしまう。

突然マルの姿が消え塞ぎ込む翔。舞美にもきつく当たってしまい(舞美に向かって声を荒げる場面があるのだが、大変よろしかった。ありがとう演出、ありがとう横原くんの芝居)、チームにも顔を出さなくなる。翔はダッドシューズを修理にまで出してマルに再び会おうとするが、それも叶わない。
この場面が私はめっっっっっっっちゃくちゃに好きだった。修理屋からダッドシューズを受け取り、代わりに使っていた靴を「もういらないんで、処分しておいてください」と翔は言う。そうして久しぶりにダッドシューズを履くと、「マル」「修理したぞ」と呼びかける。当然マルは出てこないのだが、その声の純粋さは、親に褒めてほしくて呼びかける子供そのものなのだ。

数分後、その芝居の意味に鳥肌が立った。マルはダッドシューズに憑く幽霊ではなく、死んでなおずっと翔を見守ってきた父親だったのだ──。

そういう゛意味の゛“DAD SHOES”かい゛
真実を知った翔(もうこの辺もすこぶるかわいいのだけれど一旦置いておく)は、「ずっと勝手に見てたくせに、だったらDリーグで俺が勝つのを見届けてから行け」と閻魔大王にカチコミをキめる。何言っているか分からないと思うが、もう一度言う。閻魔大王にカチコミをキめる。トンチキ展開きた。トンチキ展開をエンタメの力で押し通す展開が大好きなので大喜びしてしまった。
地獄の門の前で、魂いっぱい踊る翔とマル。2人の呼吸が合った歌とダンスが、ああ、本当に親子だと見る者に実感をくれた。IMPACTors、言葉以外の手段で芝居をするの、ちょっと上手すぎやしないだろうか……。

終盤は翔がマルに対して感情を曝け出す(元々隠し立てするような人間では無いのだが、父親だと知った上でという意味でだ)場面が多々ある。この時、横原悠毅というactorは涙まで流して声を張る。それでも、彼の芯の通った真っ直ぐな声は、会場全体に滞りなく響き、届く。それが、なんとも心地良かった。
敢えて明言を避けるが、翔とマルの物語は、とてもこの親子らしく幕を下ろしたように思う。きっとこれからも、翔は踊り続けるのだろう。「世界中の人を、俺のパフォーマンスでハッピーにしたい」という、彼自身の夢のために。

本当に踊り倒し、歌い倒し、私が行った公演で横原くんが「疲れるんですよ!」と言っていた通り見ているだけでも運動量エグすぎ舞台だったが、それをあれほどまでやり切る横原くんはやっぱりIMPACTorsのエースだなと思った。(このオタクはかげよこをエースだと思っています)集中力の鬼。表現を纏う姿がこんなに美しいだなんて。そしてなにより、主役を担う華がある。視線を惹きつける引力がある。ダンサーでも、歌手でも、俳優なだけでもない。「IMPACTors」だった。
どんな舞台にも良さがあるし、どんな舞台でも楽しめる私だけれども、これは『マウストラップ』以来の興奮度と言っても過言ではないかもしれない。スケジュールが許すならもう3回くらい行きたかった。くやしい。
この舞台を観て横原悠毅のことを大好きになってしまわない人間がいるなら見てみたい。それくらい、良かった。どうか大千穐楽を迎えるまで、この素敵なカンパニーが誰一人欠けることなくハッピーに踊り切れるように、心の底から祈っています。

横原くん、ありがとう。今度は春に会いましょう。

 

p.s.
観劇したらビアードパパ原さん、そういうこと……❓となりました。あまりにもやることが粋。好き。

観劇記録:歌え、叫べ、世界を救え──ミュージカル『アンコール!』

当然の如くネタバレ大盛りなので観劇前の方は注意してほしい。

 

なんだかんだで今年はずっとIMPACTorsの「actors」と対峙している気がする。今回はIMPACTorsのマンネ・松井奏が主演を務める「ミュージカル『アンコール!』」を観てきた。
草月ホールの名前に微妙な聞き覚えはあったけれど、どうも確信は得られないまま、もしかしたら知っているかもしれない……という気持ちで会場に向かった。知っていた。ここ、たぶん5-6年前に来ている。なんなら当日券なのに最前でビビりながら舞台を見た場所だった。ちょっと懐かしかった。

初主演、初ミュージカル。SHOCKだとか歌舞伎だとかでステージに上がっているとはいえ、訳が違うとは思っていた。し、実際そうだった。同じ舞台上でのお芝居といったって、昔から住む街の祭りで神輿担ぎを任されるようなことと、全く知らない街で町興しをするようなことだ。勢いで譬えたけれど、別に本編とかけたわけではないので悪しからず。
観劇していない人のために、一応あらすじを置いておく。

舞台はとある田舎のカフェ。

大人気スターのカミト(松井奏)は、ある日コンサート中に突然声が出なくなってしまい、現在は親友のシン(宮下雄也)のカフェでひっそり働いている。

再びステージに立って欲しいと日々奮闘するマネージャーのユウト(長瀬結星)。

そして陽気な事務所の社長であるジョージ(大地洋輔)。

カミトはまた再びステージに立てるのかっ!?

公式サイトより引用)

カミトは、それはもうワガママで態度が悪くて愛想も無くて、基本的に足をおっぴろげているか組んでいるかみたいなクソ生意気ボーイ。作中、ソラ(石川凪子さん・シンの妹)が「カミトじゃなかったらぶん殴ってた(ニュアンス)」みたいなことをぼやくのだが、本当にそうだと思う。私でも殴ってたと思う。

サイトのあらすじでは「親友のシンのカフェで」とあるものだから、てっきり歌えなくなって自信をなくしてメンヘラ拗らせたカミトが、ユウトの説得と熱意、シンの支えによってなんとかステージに戻ってくる話なのかな、とか思っていた。しかし実際のところ、カミトとシンは親友というより、結果的にお互いのことを嫌いじゃないと思う程度には思い入れができた、という方が正しい気がする。
というのも、カミトが田舎──“月光町”にやって来た時点では、この二人は犬猿と言っていいほど仲が悪いのだ。シンはユウトの先輩で、「後輩の頼みだから仕方がなく」カミトを預かるし、カミトはカミトで「なんで俺がこんなことやらなきゃいけないんだ、身を隠すならもっと他にあっただろ、もう歌も歌えないままでもいい」とキレ散らかしている。たいへんワガママなベイビーちゃんである。
(ちなみにカミトは身を隠す候補としてロサンゼルスやニューヨークを挙げていた気がする、が、ユウトに「カミトさん英語苦手でしょ」とぶった切られていた。おまえ英語苦手なのにワールドツアー頑張ったんか。その時点で結構根性あるじゃんかよ

散々な言い様になってしまったので一応(?)言っておくが、もちろんカミトは本当に「才能も実力もある成功したアーティスト」なのだ。それに驕っているというよりは、自分の弱さと向き合えずにいるだけで。タイトルに採用した「歌え、叫べ、世界を救え」というのはジョージ(事務所の社長)が歌った言葉なのだが、実際、カミトはたくさんの人間の「世界」を救ってきたのだと思う。他の何にも代え難い、「カミトの歌」で。

カミトはカリスマ故に発症する奇病(カリスマ性うんたら病なのだが全然思いだせない、パンナコッタって入っていておなかがすいたことは覚えている)と診断され、またも「なんなんだよ」とキレ散らかす。それはそう。私も思った。
この診療所でのワンシーンで、カミトの目の前では「月光町音頭」というクソダサトンチキ愉快音頭が披露される。披露される、というか、カミトも一緒にやるよう促されるのだが、当然この時の彼がやるわけもない。
この時点で、「あ~~~~~~もう絶対この男はこの横柄な態度が改善して優しい言動をとるし絶対このトンチキ音頭自分から歌おうとして歌えるようになるじゃん~~~~~~~~~~~」と私は思った。結論から言うと、びっくりするくらいその通りだった。勘のいいガキも大概にしてほしい。

このミュージカルの魅力は、その“定石を崩さないところ”にあるのかもしれない、と思っている。

冷静に考察をしようとしてしまうと、正直突っ込みたいところは山ほど出てくるのだ。(事務所の規模とカミトのマーケティング合ってなくないか?とか、ここのシーンに意義は?とか)でも、「んなこと言う方が野暮なんだよ!!!!!!!」となる。トンチキにはトンチキの良さがある。それを半端にやるんじゃなくて、もうこれはそういうものだとやり切ってくれるから気持ち良い。これはこれで、成り立っているのだ。観る者の想像力だけでなく、物語への没入力(ぢから)が試される気がする。それはこのミュージカルに関わらずそうなのだけれども。
しかし同時に、ストーリーでなく歌で伏線を張ってくる一面もある。楽曲に仕掛けがあるのは、さすがはミュージカルといったところだろうか。(3人のソロ曲のハミングが、最終的にひとつの曲になるところとか)ミュージカルらしい旨味も残しつつ、できるだけ簡潔で、できるだけ定石を崩さないように作られているように思った。誰が見ても予定調和なのだ。それがまた、良い。個人的に。

さて、全体の話はこれくらいにして、ここからはカミト、というか松井奏の話をしようと思う。

脚なっっっっっっっっっが

背ぇたっっっっっっっっっっか

顔ちっっっっっっっっっさ

てか顔良……………………………………

IQの欠片も無い感想だが許してほしい。本当に脚が長かった。前述の通りカミトは度々脚を広げていたり組んでいたりと気だるげな様子なのだが、基本的に脚が余っていた。本当に。余っていた。しかも細かった。びっくりした。手足が長い。そこにいるだけで、本当にでかい。ステージ奥、階段の上に立っている時はまだいい。そこから降りてきてステージぎりぎりの位置に彼が来ると、あまりにも背が高くてビビり散らかした。スタイルおばけが過ぎる。

お芝居がどうか、といえば、まだまだ発展途上だとは思う。それでも、苛立ちに震える手や自嘲する笑みに嘘はない。腹の底から感情が込み上げてくる、そういうお芝居をする人だなと思った。歌も、きっと普段とは声の出し方から違うのだろう、聴き慣れた声なのに響きはそうではなかった。きっと私が想像しているよりも、ずっと「新たな挑戦」をしているに違いない、とも。特筆するとするなら、歌の抑揚が上手い。ここが山場だ、というのがはっきりわかる歌声だなと思った。歌まで素直なのだ。

それと同時に驚いた。ダンス上手いなこの人。

IMPACTorsでダンスといったら、個人的には椿泰我くんだと思っているのだが(見ていて気持ちがいいくらい楽しそうに踊るので、気になった人は見てみてほしい。)それとはまた違う「上手さ」だった。そしてなにより、普段のパフォーマンスとも違う「上手さ」だった。
感情表現としてのダンスが、上手すぎる。言い方を変えると、感情をダンスという手段を用いて客席に提示するのが、上手すぎる
作品冒頭、歌えなくなったカミトの深層心理を表現するように、アンサンブルやほかの出演者が歌い、カミトが悶え苦しみ迷うように踊る場面がある。ここではカミトは歌わず、ただ、踊る。歌は「観客」サイドのものだから、言葉や歌ではカミトの内心を表現する術がない場面だ。その場面を、奏くんはやってのけた。苦悶の表情というよりは、どこか寂しげな表情でその歌に立ち向かって、カミトとしてしっかりと歌に負けた。カミトが、動揺し、悲しみ、苛立ち、辛ささえ覚えているさまを、ダンスだけで表現しきったのだ。
踊り始めた瞬間に人の視線を奪うような、張りつめた空気を作るのが上手だなと思った。ここでふと私は、そうだ、IMPACTorsってダンスがすごいグループなんだな、と思った。普段は当たり前のように見てしまっていたけれど、これがきっと、彼の強みであり、グループの強みだ、と。

これが生かされるには、ただの舞台ではいけないとも思った。彼に、IMPACTorsの松井奏にふさわしい「actors」への第一歩は、ミュージカルであるべきだ、と。だから嬉しかった。この作品が、松井奏の初主演作になった、という事実が。それをこの目で見届けられた事実が。

それと、これはうまく説明できないことなのだけれど、ステージでの立ち振る舞いに堂本光一さんを感じた。あ、この子SHOCKの男だ、と思った。その背中を見て育っているからだろうが、個人的に興奮ポイントだったので敢えて書いておく。
興奮ついでにもうひとつ追記すると、カーテンコール挨拶時、若干間合いで笑いが起こったのに対し大きすぎる目を見開いて「え?」と言った後「今喋ろうとしたんだよ?」と、きょとんとした顔で言い放ったところが理想の松井奏すぎて良かった。サマパラでインパCLAP(私はコール一期生なので、正確にはこの名前ではなかったのだが)の練習をする時に「はいペンライト置いて~うちわも置いて~今置かなかったうちわ絶対見ないからね」と言った松井先生を思い出した。そういうところとても好き。

閑話休題。舞台はすべてそうだけれど、今回は本当に「今しか見られない今」と対峙できて幸せだなと思った。きっとこの先、どんどん「actors」になっていくIMPACTorsの、大切な一歩を見届けられてよかった。それにしても奏くんは本当に脚が長いので、ぜひ見る機会があったら脳がバグるほどのスタイルの良さを体感してほしい。

あと松井奏くんに、はやくモデルのお仕事もお願いします

お芝居もパフォーマンスもモデルもバラエティも、なんでもできるアイドルになっちゃおうぜ。そのポテンシャルがあるのは確信しておりますので。頼むぜ事務所。

ざっくりすぎるまとめになりますが、どう考えても松井奏くんのことをもっと好きになっちゃうミュージカルでした。どうか千秋楽まで、無事に駆け抜けることができますように。